Dec 24, 2007

わすれないよ

 たいして中身が充実していない人生だし、人付き合いが苦手で友達も
殆どいないのだけど、それでも得がたい出会い、そして辛い別れを幾つ
か経験してきている。この時期には特に忘れられない人との別れがあっ
た。

 その一人は故JG1GZN高橋さんだ。
 俺より8歳も年上でいい兄貴分と言う感じの人だった。趣味人で交友
関係も多彩なので、色々な友人の人がいた。私も何人か紹介してもらっ
たし、また無線関係の方でも高橋さん経由で知り合った人も多い。
 まだ1エリアに遊びに行き始めたばかりの頃、川越市の川越大師の近
くにあった高橋さんの家には良く泊めてもらった。あの頃はハムフェア
も毎年そこが前線基地になっていた。シトロエンとロードスターを可愛
がっていたのだがどうしたかな。。足が良くなかったご母堂を先になく
し、それほど経たずして。。同じく無線を趣味としていたご尊父はどう
しているのか。
 確か年末押し迫った時期で、年賀状を送ってしまってから訃報を聞い
た。慌てて取り戻したのを今でも覚えている。

 そしてもう一人はJR0JMS久住さん。
 個性的なメンバーが揃った最強のローカルネット"露組ねっと"。
パケット通信が全盛の頃である。ローカルネットでありながら、見附市
のJF0GQG局を核として県内を転送型BBSスタイルでカバーすると言う型破
りのスタイルで盛り上がっていた。
 文章に長けたメンバーの多い露組ねっとの中でも、ひときわセンスの
ある文章を放っていたのがJR0JMS久住さんだった。
 CWの名手でもあった彼の文章はそれに通じるものがあるような気がす
る。決して長いわけでも派手な訳でもないが、ウィットに富んだセンス
あふれる文章でさらっと決めるその手腕は悔しいほど鮮やかで、いまだ
に彼の足元にも及ばない。
 1994年に佐渡へ移動した時のQSLでピースサインを出している久住さん
の写真は今でもたまに見るが、どちらかと言うと俺のほうが先に逝きそ
うな感じだったんだけどな。。。(今もそうだけどかなり不健康に太って
るしね。。となりのじょにぃ氏がひょろっとしてるので尚更目立ってい
ると言うのもあるが)

 また一つ年をとってしまう、年を越してしまうと言う思いとともに、
彼らとの思い出がまた一年遠くなってしまう。。。とふっと悲しくなる
ことがあるのです。この時期は。
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